先生にちょっと、打ち合わせに、寄せて貰いましたら。
刀を持ちながら、話しを聞きましたので、

なかなか、帰りますと、言えませんでした。
赤泊り港まつりで
うわさの、スマイル代表の、吉井さんと、初の夢の競演。

若井ぼん、人気絶頂
赤泊り港まつりで、演歌の長保有紀さんの、ステージが、午後8時より始まる前に、
私が、午後5時に出ました。

3時間も早いので、お客さんは、まだ少ないで、の言葉もなんのその、
この、押すな、押すなの、この人、人にびっくり。


海産物のお店、丸中商店さんに、寄りましたら、御主人のそろばんの先生が買い物に、来たはりました。そこで、最近は、電卓があるので、生徒は少ないでしょうと、ききましたら、いや増えてますよ。
どうしてと、聞きましたら、暗算の稽古、物覚えに、役にたつから、と言うことです。
丹下左膳の作家で、子供の頃有名な映画でした。
大スターの中村錦之助さん。

今でも、こんな別嬪見たことない、山本富士子さん。

なつかしいですなぁ。
ラーメンを先に食券を買い、つまり、先にお金を払い、待つこと20分、もおちょと、早くなりまへんかお客は、私ともう一人の二人だけでした。

スタッフのお母様と妹さんが、いつもいつも差し入れを持ってきてくれます。
タイミングも絶妙で、お腹がすいたな~と思うと、イカ飯など色々持ってきてくれます。
ありがとうございます~!

丸中商店さんに、寄って来ました。
この社長は、東京のデパートで、佐渡の物産店が、あるときは、自分で船が着いたものを、直接買い付けに行き、自分で、東京へ運び、自分で販売をして、帰ってくる。
もずくも、買い付けした、新鮮なものを、食べました。
ゆで立てを、醤油だけで、食べましたが、うまい、
これは、佐渡に来なければ、あきまへん。

いっぱい店が並んでるなかに、金魚すくいとか,ヨウーヨウーつり、なんかは、よく見かけますが、ミドリガメすくい、これ私は初めてです。
佐渡ですから、アワビすくい、でしたら、よくはやるとおもいますが。

鼓童の和太鼓のショーが、ありました。さすが日本の代表。
感動いたしました。その後花火大会は、海のところから、打ち上げられるのは、本当にきれいで、大きくて、素晴らしかったです。

インストラクターの本間了さんと、

佐渡の海に潜ると、珊瑚も見えるし、9月ぐらいには、暖流に乗って、熱帯魚もみられるらしです。鮫、マンタ、イルカと見れるので、潜りますかと、言われたので、水族館でみますと言いましたら、笑っておられました。
取材有難うごいます。
久しぶりに、大阪に帰り、お世話になってる、会社の船にのりました。お祭りの仕事でのんびりと、ええなぁと、思てはる方、おお違い。
マイク持った途端、3時間近くは、喋り、唄い、まぁ今回私の知り合いの、コロンビアレコードの、秋野こぎく、ちゃんを連れて行ってましたので、歌が上手いし、ナツメロ、を唄うので、おっちゃん、おばちゃん、が大喜びで、私も大助かり。

又お客さんの中で、歌手のひとが、飛び入りで、出てもらい、摩由ちゃん、何と、詩吟入りの歌を唄って貰い、盛り上がりました。
あと、大阪締めを、船が向かいあうと、打ちましょう、チョンチョン、もひとつとせ、チョンチョン、祝うて三度、チョンチョンがチョン。

あと花火を見てましたので、まあ、仕事が半分、遊びが半分、そしたら、ギャラ半分と言わないでねぇ。
仕事の都合で大阪に行ってきました。
ちょうど、師匠も仕事の都合で大阪にいたので、お会いする事になりました。
この日は師匠は盆踊りのお仕事の予定だったのですが、雨のため、当日昼過ぎには中止の決定。(この日の夜も次の日の夜も晴れてましたよ!)師匠が大阪で仕事をしている姿を見たかったんですが、残念。
せっかくスマイルスタッフが大阪に来るというので、その盆踊りに師匠と一緒に出演予定で、先週、佐渡、うずしお祭りに出演いただいた河内音頭の宗家初音家四代目、初音家秀若夫妻と師匠の奥さんが美味しい焼肉屋さんに連れて行ってくれました。
美味しい焼肉を食べさせていただきまして、有難うございました。とても楽しかったです。師匠の奥さんともお会いできましたし。
と、その帰りにこんな張り紙を見つけました。
大阪らしいっすね。と話をしていたら、となりに
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「コラ!!」だけではなくて、「掃除代弁償さす」。「さす」って。。
大阪にはこんな看板がどこにでもあるんですか?と4人にお聞きしましたら、「そういう張り紙は普通に貼ってあるから、あらためて言われるとオモロイなぁ。」
普通に貼ってあるらしいです。
恐るべし大阪。
小木港はフェりーは、泊りますが、オーストラリアのメルボルンから、世界をヨットで回ってはる、ご夫婦と記念写真。

いいお天気でのんびりと、楽しんではる様ですが、雨もあれば、風もある、そして嵐もある、それを乗り超えてこそ、幸せな夫婦がある。と結婚式の披露宴に、よく使われることばですが、その言葉どうりの、ご夫婦です。
これからは、名刺にbon wakai も入れ様と思いました。。
Thank you! see you again.
これから佐渡の美人の、コーナーをやろうと、思って探していると、小木の町に、こんなかんばん娘。
いや看板がありました。

裏を見ますと、佐渡ならでは、見れない、
交通標語。

お笑い親善大使ぼんが、半年間活動できるのも、色々な方に、お世話頂いてるお陰です。
そこで、車を無料提供して頂いてるホンダプリモさんの、カーショールームの中に、カフェと雑貨の店が、ありました。

コーヒーとケーキを食べて帰りに車を見ていると、こんな素晴らしい女性二人が、説明に来てくれましたので、両手に花で写真を撮りました。

お二人さん、有難う、車買わないでごめんーね。
本日からソースネクストさんのタイピングソフト「特打」を始めた師匠。

インストールを簡単にこなしてる師匠。(と、いっても、全部自動的にされるんですけどね。。)

インストールも終了し、特打スタート!

この様子は明日の放送の中で・・
さて、半年後にブラインドタッチができるようになっているのでしょうか??
羽茂の喫茶プトーアンディカティールへ行って来ました。
すると、あのジェンキンスさんが、店のママと記念写真が、飾られてました。佐渡の金山で、働いてはるらしので会いに、行こうとおもっております。

私の住んでる、佐和田の名畑醤油の主人が、何と今年の5月からパソコンを初め出して,今やインターネットを、バンバンとやってるらしい。年は聞いていませんが、62歳の私より上の様です。
今日会ってきましたが、私のインターネットをいつも見てはる様です。
頑張らなあきまへんなぁー。
大阪を代表する河内音頭の、初音家秀若一行の皆さんと、佐渡を代表する佐渡おけさと、
他に佐渡の色々な、分野で活躍されている、皆さんと文化交流が終わり、
文化交流は、人との交流と言う事だと思いました。
初めての試みでしたが、人の触れ合い、暖かさと言うのは、感動するものです。

参加された方は、河内音頭をほとんど、踊りはりましたので、
あとは、私が河内音頭をとって、皆さんにマスターして頂いて、
大阪の匂いを残していこかなと、思っておりますが、おまえは犬かと言わないでちょうだい。
お祭りが終わって、スマイルのスタッフの、廣瀬君の家に、秀若一行さん四人と私と寄せて
貰いましたら、お母さんが、イカめし、ブリのさしみ、ブリのかまの焼き物、
ヒラメの刺身、大きな鍋でタラ鍋、ワカメの根っこの芽かぶ、海草のながも、いごねり、
コシヒカリのおにぎり、大阪では、食べられない、佐渡ならではの、おふくろ料理。
大阪でこんな店が、あったら、はやるやろうなぁと、言えば、お母さんは、
これは、獲れたての、新鮮なものだからおいしのよ、食べたい人が、おれば、
佐渡に来なさい、と言うことです。
ちなみに、河内音頭の踊り子の若い二人は、朝の5時迄、飲み食いしてました。
私らは2時にダウンで寝やしてもらいました。
幸せ一杯、腹一杯、本当に有難う御座いました。
佐渡でも有数のイカの水揚港である姫津の漁港で行われた、
姫津いかイカ祭りに出演させていただきました。
おかげさまで、大盛り上がりのステージになりました!
みなさん、ありがとうございます!!

大阪から来ていただいた、河内音頭、秀若お師匠御一行の皆さんと、
小木にある七右衛門そばさんに行って来ました。
ここの、おそばは、本当に美味しい!!


今日は、大阪の代表する河内音頭の初音家秀若一行が来ます。

初めは、私の激励だけでしたが、佐渡を代表する、佐渡おけさと、初めてではないかとおもいます。
これをきっかけに、ソーランよさこいの様に、おけさカワチが、誕生するかもわかりません。
イエイ!!
私のレゲエも入れて、レゲエおけさ河内でも、つくりましょか。まずは、7月15日に羽茂公民館ホールで、午後7時から佐渡うずしお祭り2006が、あります。明日ですが、私が初めて1984年に、ジャマイカの大フェステバル、レゲエサンスプラシュに、日本人のグループが初めて出演した時の様な気分で、ワクワクしております。
皆さんこれからどうなって行くか、楽しみにしてください。
60も過ぎて、準備体操もせずに、突然泳ぎだすと、足がコブラがえりになって、溺れかけました。
皆さん、日頃運動してない人、これから夏本番
それからは、浜辺で子供達と一緒に、海につかってました。
佐渡は火山で、できた島で、あちらこちらに、温泉があります。佐渡の海の成分は、きっと温泉と同じ効果が、少し混ざってる様におもいます。
それと、海に浸かってると、落ち着くのは、人類は海の中から、誕生したと言う事が、分かる様な気がします。生みの母は偉大です。男は、何ぼ頑張っても、子供は生めません。
お手伝いするだけです。それもいまは、ほんささやかなもんです。若い人は、泳ぎを楽しみ、年いくと浜辺で、つかり、戯れましょう。
今日は私の住んでる、お寺のお祭りがありました。
抽選会が、2千枚の券が売られていたので、
たくさんの人が来ました。
2時間ほどで終わりお寺で
あとの打ち上げが、うれしかったです。
いっぱいの、料理が出てきて、取れたての魚を焼いてもらって頂きました。

お腹いっぱい食べたら、町のこの関係の方も、
別の場所で打ち上げがあると、言うのでそちらも食べるのが、
ずらりとならんでいて、酒をあまり飲めない私は、また食べまして
腹ぱんぱんです。今お腹さわりながらやっつておりますが、
これ以上は、苦しいので終わります。
何と贅沢なことでしょう。
と言われてもおわります。
ああ眠たい。暖かいコーヒーが飲みたい。
缶コーヒーは、いらない、冷たいコーヒーも、いらない。
もお寝ます。寝ます。
文も、文字も、言葉も、何も出てこない。
出るは、歯とおしっこだけ。そういえば、おしっこは、よう出ますな。いましたところなのに、又したくなります。なんでかと、言えば60歳をすぎますと 、おしっこの出が悪なる10代から30代位までは、びゅーと勢いがあった。

今は,ちょろちょろ、ちびりんぽとりん、と力が無い。そして、し終わったと、思いパンツの中に入れると、残ったおしっこが、じゃあーと出まんねん。腹たちまっせ。そやから残ってたらいかんので、おわっつたら、振り回しまんねん。若い間はよろしけど、大事に使いなはれやあ。むやみやたらに、打ったらあきまへんで。
特に日本海に打つのは、無駄な事だとおもいます。
佐渡島で目撃相次ぐ「西の空赤く染まった」
北朝鮮がミサイルを発射した5日、新潟県の佐渡島では早朝、「空が赤く染まった」などとする目撃が相次いだ。佐渡市河原田本町の無職女性(74)は「朝4時ごろ外に出たら、空が今まで見たことのない色になっていた。あんな朝焼けは見たことがない」と驚いていた。佐渡島の西方上空が五分ほど赤く染まっていたという。
[ 2006年07月05日 スポニチ速報記事 ] より転載
スポニチの記事ですが、佐渡市河原田本町の、女性のコメントがありますが、この町に私が住んでおります。 この記事で、考えますが、佐渡の近くの海に落ちたと想像できます。それもこの町は、佐渡でも代表する佐和田海水浴場。九月には国際トライアイスロンの、スタートと、ゴールのメーン会場。
私の家から、歩いて3分の所です。この海から見えたとおもいます。これは、日本の領海に完全に飛んできてます。さあ、さあ日本はどうする。
6月26日、読売新聞の全国紙夕刊に、私の記事が載りました。それも、カラーの写真つきで。大きく取り上げられてます。

新聞では、芸歴40年になってますが、実は今年で、45年目です。歌謡界では、北島三郎さん。お笑い界では、若井ぼん。何、一緒にするなてか。これまた、しっつれいしました。
皆さん、自分の口から言うのも何ですが、埋没していた、ぼんが、ボボ、ボ-ンと、発掘されるかも分かりまへんで。
佐渡の、金山、銀山はなくなりましたが、佐渡で、盆山がみつかりました。でも、この盆山は、死火山なのか、休火山、なのか、活火山なのか。
皆さん、佐渡へぼんを、見にきてください。トキも増えて、来年空へ羽ばたいて、行くらしいので、私も佐渡から、飛び立ちたいと思っております。
回転寿司の、弁慶さんが、スポンサーに、なって頂きました。

ここの、すしネタは、大阪の回転寿司と、全然違います。ネタは、日本海で獲れたての、魚ばかり、中でも鮑が、何千円とするのが、何と三百七十五円。佐渡は、寒流と暖流が、流れるので、何とマグロも、今捕れるのです。
マグロは、遠洋魚業で、インド洋の方で、捕れると、思っておりました。佐渡の人も、知らない人が、いてはります。六月より七月にかけて、捕れるそうです。この前、マグロが捕れたので、これまた、スポンサーの、芸能とトキの里で、マグロの、解体ショウ-が、あると言うことで、取材に行きまして、解体したのを、食べましたら、生くさい。
マグロは、五日から、一週間ぐらいねかして、食べると、甘味が出てきて、トロっと、するので、トロがうまいのです。これは、私が作った話ですが、少しは、関係あるとおもいます。以上スポンサーさん、ヨイショで、ありますが、有難うございます。
私も、知らんあいだに、スマイルの、スタッフになりました。
こんな私に誰がした。はっきり言いまして、だぁれのせいでも、ありゃしない、みんな、おいらの、せいなのさぁー。
今日の、お客さんは、酒造りの社長で、画家でもある先生に、取材をして、来て貰いましたが、何と大阪生まれの、それも私の、住んでた100メートル位の、所に、居てはって、三つ上の方なので、小さい頃きっと、一諸に、遊んでいたと思います。
どこかと、言えば、大阪のど真ん中で、上本町6丁目(上6)小橋という所に、日赤病院がありまして、そこに、昭和20年から25年迄、進駐軍、アメリカ兵が、駐留してました。
1万人位がこの病院に、いてました。
うちは、ママクリー二ングと、言う店で、兵隊の服、洗濯をしながら、酒を、飲ましたり、あともろもろで、儲けてたらしいです。

クリスマスには、大きなツリーを、持ってきて飾りつけ、近所の子供を、集めて、その頃食べられない、チョコレート、キャンデー、アイスクリーム、バナナ、パイナップル。
おいしかったなぁ。
今は、あたり前に、なってるが、嫌な思い出は、かわいがってた、犬に、ビールを飲ました時は、6歳の、僕は大きな兵隊に飛びかかり、大きな体の、兵隊をころっと、ひっくりかえそおと、思いましたが、腕でぽんーと投げとばされました。
いろんな、思い出は、又にします。
じゃあねぇ。
佐渡親善大使で、来てから、一月経ちました。
朝から、夜まで、走りまくっつて、分かったのは、
急がしいのが、幸せなのか、暇なのが、幸せなのか、
自然の、ところに、身をまかすのが、いいのか、
喧騒の、ところに、身をおくのが、いいのか、
これは、哲学の、世界です。
みのもんたさんは、名前も、財産も、アメリカの、有名な雑誌にも、取り上げられまして、ステータス、にもなりました。でも毎日朝の生番組にも、あと10本以上のレギュラーを、持って3時間位しか、寝ない。もお怪物です。何でそんなに、働くのか、今人生で、一番幸せなのか。
みのさんの、美学か、哲学か、私はみのさんと、同じ年です。
私は、もうくたばりかけております。この違いは、何なんでしょう。
答え、どうでも、ええのんとちゃうのん。
おまけの、はなし。
結婚するなら、金が、一杯あるが、暗い男、金は、無いが、明るい男。貴女ならどちらを、選びますか。
答え,、死ぬまで、分かりまへん。
では、私は、今から爆睡致します。

じゃねぇー。